10/06/2025
まさか自分の子が難病と言われる病気になると思わなかった。
今は合う薬が見つかって徐々に日常生活に戻りつつあるけど、備忘録も兼ねて投稿することにします。
3月上旬、突然顔と足が浮腫み始め、おかしいと思いかかりつけの病院に行くとすぐに大きな病院を紹介してもらい、即入院。
小児ネフローゼ症候群という腎臓の病気だと言う。
本人は元気そうだったのでまさか入院するほどの事態になると思わず大慌て。
奥さんと息子は2週間の入院、その間義母が大阪から助けに来てくれて娘と俺と3人で生活。
ネフローゼという病気を全く知らなかったのでネットで色々調べてると「透析」「腎移植」という文字が現れて吐きそうになる程怖かった。
ステロイドを投与するもしばらく効果が出ず、悶々とする日が続いた。1週間ほどしてようやく効き始めた報告が医師からあった。嬉しくて泣いたのは人生で初めてだと思う。
その後1週間して無事退院。自宅療養は続くけど4人の生活が戻るだけで嬉しかった。
4月、毎日薬を飲みながら自宅療養を続け、数値も安定しもうすぐ保育園にも戻れるかもと思った4月末の診察で、高血圧により再入院。
遊びたい気持ちを我慢し続けた息子、毎日家で息子の世話をしてくれた奥さんの努力が報われなかった悔しさでまた泣いた。息子も入院について理解していたようで「なんで、なんで、」と小さく泣いていた。
今度は息子1人で2週間入院。面会できる時間は毎日15分。初日は面会に来たら喜んだが、帰る時に息子は大泣き。翌日も。翌々日は会いに行っても喜ばない。帰られるのが辛いから。ほとんど無視される日もあったりして、お互い苦しい時間が続いた。
娘はパパママを独占できるから上機嫌だったけど、息子が辛い日々を耐え忍んでいると思うと心から笑えない自分がいた。とはいえ娘と過ごす時間に辛気臭い顔をしてられないので切り替えるよう努めた。
この頃から毎朝近くの神社にお参りに行くようになった。多分、人生で初めて「祈り」をしたと思う。形だけじゃない、心からの祈り。どうしようもない時、人って祈るんですね。
そうして1週間もすると、入院生活に慣れて息子にも笑顔が増え始めた。強いなぁ。偉いなぁ。退院の前日なんかは、隣のベッドの子に話しかけたりもしてた。すごいよ。
5月中旬、2週間のソロ入院を無事に終えて退院。
ところが、退院の日の朝に病院から尿蛋白の数値がまた増えたという電話が。言葉が出なかった。膝から崩れ落ちそうだった。
一旦退院はできるそうなので、また入院するかもしれないと思い伸ばしっぱなしの髪を切った。というか絶対再入院だと思った。
翌日、大学病院で診察。
結果、入院は免れ、免疫抑制剤という新しい薬を服用することで日常生活に戻ることができるという。
再入院や腎臓の一部を摘出する大掛かりな検査を覚悟していたので、急に未来が明るくなった気がした。希望を持つことが怖くて普通の生活に戻れる想像を全くしてなかった自分に気がついた。
そして5月末、3ヶ月近くに及ぶ入退院と自宅療養を終えて保育園に復帰することができた。
写真は復帰初日に撮った、登園前の1枚。
なんてない写真だけど、自分にとっては人生で1番大切な写真。頑張った証。
これから2年間、毎日薬を服用し続けなければならないけど、子供が元気に走り回れて、4人でご飯食べて並んで寝れるだけで幸せ。よく言うけど、当たり前だったことがとても幸せなんだと腹の底から思えるようになった。その機会が与えられた、と思うことにする。
逃れようのない不幸に直面した時、その事実を変えることはできない。ただ、捉え方を変えることはできる。無理やりポジティブになるのはしんどいけど、毎日不幸だ、なんて思って生きるのも辛いじゃない。これから長い付き合いになる(かもしれない)息子の病気、あんまり悪いものだと思い過ぎたくないね。
長々と書き連ねましたが、小児ネフローゼというのは10万人に4,5人が発症する原因不明の突発性の病だそうです。
僕は全く知らない病気で面食らってしまったので、この投稿を見た方に知ってもらえれば何かの助けになると思い投稿しました。知らずに済めば1番なんですけどね。